私の父親は福井県で生まれました。10代で両親と死に別れ、3人兄妹はバラバラとなり、長男だった父親は満州の親戚のところへ行きました。満州で家庭を築きましたが、戦争の混乱のなか家族と別れ、終戦後日本へ引き揚げました。各地を転々とし、福島県で再婚して、私が長男として生まれました。傷痍軍人でいまひとつ体の具合が悪かった父は、晩年「どうしても中国に行きたい」といって、引き揚げ仲間の人たちと中国へ行きました。父親なりの熱い思い入れがあったのでしょうか、旅行後は大変満足そうでした。そんなことから、私自身に「中国」という響きが心の奥にひっかかっていたように思います。 昨年、中国から日本に帰化した竹林さんが、デザイナーとして入社しました。いろいろな作品を持って面接にきました。 イラストの上手さはもちろん、経歴からも、たいへん勉強家で真面目な方だと思いました。「中国語ができる」「イラストが描ける」これが決め手でグラフィックデザイナーとして、入っていただきました。年齢は私と同じ48歳。そして今、「中国経済が大発展した理由は?」「2008年北京オリンピック開催」「2010年上海万国博覧会開催」と中国の話題が盛り上がるなか、なにか中国と日本とで、仕事に関われることがないかと竹林さんを交え、みんなで考えてきました。それが今回の中国とのビジネスです。 |
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